【開催報告】8月22日(土)オープンスクールへのご来場ありがとうございました
8月22日(土)、本校にてオープンスクールを開催いたしました。
暑い中、当日は多くの受験生・保護者のみなさまにご来校いただきました。
心より感謝申し上げます。
説明会では、在校生徒と教員との対談をお聞きいただきました。
「どうした和光中を選んだの?」「和光の授業のよさは?」といった質問に、在校生たちは細やかながらも力のあることばを聞かせてくれました。
その後、小学生の皆さんには特別授業を体験していただきました。【次回イベントのご案内】
次回は、9月25日(金)に「夜の教育懇談会(夜コン)」を開催いたします。
今回は生徒の参加はなく、保護者のみなさまを対象とした懇談会です。和光中学校が目指していることや授業の内容についてお話しいたします。
日時: 2026年9月25日(金) 18:00〜19:30
会場: 和光大学ポプリホール鶴川(小田急線鶴川駅から徒歩3分)
対象: 保護者の方のみ
申込期間は、9/11(金)00:00 ~ 9/25(金)15:00です。
下記リンク(ミライコンパス)よりお申込みいただけます。
https://mirai-compass.net/usr/twakoj/common/loginEvent.jsf
みなさまのご参加を、心よりお待ちしております。
最後に、説明会にてお聞きいただいた、学校紹介の原稿を掲載いたします。
ぜひお読みください。
和光中学校の研究部長をしています。後藤恵と申します。
今日はこのあと在校生が登壇して、それぞれのことばで「和光中学校」を語ってくれると思いますので、わたしからは教育目標についてお話しします。
和光中学校では教育目標を「共に生きる教育」としています。
今、世界ではあらゆる場所で分断と争いが絶えず、希望を持ちにくい難しい時代でありますが、どのような時代であっても平和と民主主義を大切にしながら、共に生きることのできる人を育てたいと願っています。
では「共に生きる」って、誰と共に生きることなんでしょう。「共に生きる」という教育目標の下に三つの目標を掲げています。
1 自己肯定感を育む全面発達の教育 「わたしと共に生きる」
2 自己表現と他者理解を大切にする教育 「あなたと共に生きる」
3 権利行使の主体を育てる教育 「まだ見ぬ誰かや何かと共に生きること」
一つ目の「自己肯定感を育む全面発達の教育」というのは、簡単にいうと「わたしと共に生きる人」を育てる教育、ということです。自己肯定感というのは、「自分っていいなぁ・・大好きだなぁ」という感覚ではなく、「本当はもっとこうなりたいとか、やだなぁと思う時もあるけれど、でもそういう自分も引き受けて、「わたしと共に生きる」ことができるということです。「わたしと共に生きられること」がこのあとに続く、他の人や世界のあらゆる物事と共に生きる土台となるからです。
ある生徒が書いた文章をご紹介します。
話し合いの途中、少しけんかみたいなのが起こって、空気が凍りついてしまったというか気まずい空気になってしまって、どうすればいいか分からなかった。けどその時に、となりの席にいたSが気まずい空気をあったかくするようなつぶやきをしてくれて、空気がほぐれた。
それはSにしかできないと思うし、Sはクラスを温かくしてくれるいい存在だなと思う。
すごく素敵な文章だなと思って、学級通信で紹介しました。Sくんのように気まずい空気を和ませてくれる人って、いますよね。そのことをこの文章を書いた女の子は、「彼にしかできないこと」として見ている。私たちはこの文章を通して「Sくんのいいところ」だけではなく、書いた女の子の「いいところ」にも気づかされます。こんなふうに、和光中学校では、目に見えた何かがすごくできる/できない、ということではなくて、ひとりひとりを丸ごとひとりの人としてお互いに見合って大切にして言葉にし合っています。だからこそ「わたし」は誰かに見つけてもらって、認めてもらって、大切にできる。
今日は授業を体験していただきますが、和光中学校では常に自分のことばで説明したり、「あなたはどう思う?」「どう考える?」ということが問われます。「こんなふうに言わないと先生に怒られるかな」とか「こんなこと言うと、みんなにどう思われるかな」ということよりも、「自分はこんなふうに思う」とか「自分はこんなふうに考えている」「なぜなら・・・」ということを表現する自由をとても大切にしているのです。それは言い換えると、全く違う「あなた」の考えや思いを大切にする、ということでもあります。「あなた」と共に生きられる人になることは、すなわち「わたし」には見えなかった視点、考えられなかった視点を得ていくことにつながります。これがふたつめの「自己表現と他者理解」つまり「あなたと共に生きる」ということになります。
最後に、3つめの権利行使の主体者を育てる、ということは
冒頭でもお話ししましたが、地球上には今、大人でも解決できない/できていない問題がたくさんあります。まだ見たことのない・出会ったことのない遠い地の誰かや何かとも、共に生きることができる人たちを育てたい、ということです。そのためにはみんなで賢くなることが必要です。賢くなる、ということは、どんなことばが相手に届くのか、逆にどんな言い方だと相手は傷つくのか、どんな説明をしないと相手は理解しないのか、そのためにはどんな知識が必要なのか・・・ということを全身で学んでいくことです。失敗をしたり、衝突もしながら、お互いの考えの折り合いをつけていく・・・それが三つめの「権利行使の主体を育てる」ということであり、「わたしたちが共に生きる」道をさぐることであるのです。