2025年度卒業式
2025年度卒業式を行いました。
和光中学校の卒業式は2部構成で、第1部が卒業証書授与、つづく第2部は生徒会主催の「旅立ちを祝う会」です。
「旅立ちを祝う会」では、卒業生と在校生が言葉と合唱を贈り合います。
卒業生が読んだ作文の1つを紹介します。
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私の和光LIFE
15歳の今、和光中学校で良かったと胸を張って言える。単刀直入に言えば、本当にめんどくさい中学校が和光だ。すぐに答えは出ないし、話し合いは長いし、自分で考え続けなければならない。決して楽などしない。
私の和光ライフの始まりは、外部生徒として入学をし、友達ゼロからのスタートだった。知らない人だらけで、最初だし、全く誰とも話せないだろうと勝手に決めつけていた。でも何も関わりがない私に話しかけてくれた子がいて「私の和光ライフきたー」と思ったのをずっと覚えている。
みんなが温かくて、安心できた。でも和光はやっぱり簡単ではなかった。授業では欠かせない意見交流。先生が急に「〇〇さんはどう思う?」と発言することに怯える私。すぐに答えは出てこない、正直黙っていれば楽だったし、聞いているだけで終わらせることもできた。でも気づいたら自分の中ですでに考えていて、一人の意見から何個もの問いが生まれていた。和光は一人の意見を欠かさず拾う、だからみんなは自分の意見を持つ、だからめんどくさいんだ。
そして秋田学習旅行、これほど素晴らしいものはない。秋田で感じた感情や友情は宇宙のどこを探し回っても見つからない。一人ひとりが誰よりも楽しんでいた。実際私には誰よりも楽しんでいた自信がある。秋田なんて「めんどくさい」と言っていた子も最後「帰りたくない」と泣いていた。一日の最後には必ず、総括を書く時間があった。それは面倒な時間だったが、思ったよりもずっと自分と向き合える時間だった。それがあったからただ楽しかった、で終わらなかった。何が楽しかったのか、何が嬉しかったのか自分の中で言葉にすることができた。めんどくさいと思っていた時間こそが実は、一番大切だった。人の感情をここまでうとかすことができる秋田学習旅行を経験させてくれた和光。なんでここまで心が動いたのか、今ならはっきりとわかる。時間をかけてそれぞれが自分の力で考え続けたからだ。簡単に決めず、人の意見をしっかりと聞き、自分の意見とも向き合えたからこそ「帰りたくない」という思いが生まれた。
今、これだけ色々と振り返ると、和光のめんどくささの正体がわかる。それは自由の裏側だ。和光の自由は好き勝手にしていい自由ではない。考えることから逃げる自由でもない。正解がないからこそ、自分の頭で考え、自分の言葉で発信することが求められる。そんなめんどくさい和光で私は私の意見を持てるようになったのだ。今の世の中、早く答えを出すほど効率がよく間違えずに正解にたどり着けると言われているが、和光でその逆を知った。じっくりと考えること、人と向き合うこと。
15歳になった今、私はまだ迷うし、答えもうまくだせない。それでも自分の意見は持ち続けたい。それが和光中学校で過ごした3年間がくれた宝物だと思う。
和光ライフは最高なのだ。
だから私は胸を張って言う。
本当に和光中学校で良かった。
私の和光ライフの始まりは、外部生徒として入学をし、友達ゼロからのスタートだった。知らない人だらけで、最初だし、全く誰とも話せないだろうと勝手に決めつけていた。でも何も関わりがない私に話しかけてくれた子がいて「私の和光ライフきたー」と思ったのをずっと覚えている。
みんなが温かくて、安心できた。でも和光はやっぱり簡単ではなかった。授業では欠かせない意見交流。先生が急に「〇〇さんはどう思う?」と発言することに怯える私。すぐに答えは出てこない、正直黙っていれば楽だったし、聞いているだけで終わらせることもできた。でも気づいたら自分の中ですでに考えていて、一人の意見から何個もの問いが生まれていた。和光は一人の意見を欠かさず拾う、だからみんなは自分の意見を持つ、だからめんどくさいんだ。
そして秋田学習旅行、これほど素晴らしいものはない。秋田で感じた感情や友情は宇宙のどこを探し回っても見つからない。一人ひとりが誰よりも楽しんでいた。実際私には誰よりも楽しんでいた自信がある。秋田なんて「めんどくさい」と言っていた子も最後「帰りたくない」と泣いていた。一日の最後には必ず、総括を書く時間があった。それは面倒な時間だったが、思ったよりもずっと自分と向き合える時間だった。それがあったからただ楽しかった、で終わらなかった。何が楽しかったのか、何が嬉しかったのか自分の中で言葉にすることができた。めんどくさいと思っていた時間こそが実は、一番大切だった。人の感情をここまでうとかすことができる秋田学習旅行を経験させてくれた和光。なんでここまで心が動いたのか、今ならはっきりとわかる。時間をかけてそれぞれが自分の力で考え続けたからだ。簡単に決めず、人の意見をしっかりと聞き、自分の意見とも向き合えたからこそ「帰りたくない」という思いが生まれた。
今、これだけ色々と振り返ると、和光のめんどくささの正体がわかる。それは自由の裏側だ。和光の自由は好き勝手にしていい自由ではない。考えることから逃げる自由でもない。正解がないからこそ、自分の頭で考え、自分の言葉で発信することが求められる。そんなめんどくさい和光で私は私の意見を持てるようになったのだ。今の世の中、早く答えを出すほど効率がよく間違えずに正解にたどり着けると言われているが、和光でその逆を知った。じっくりと考えること、人と向き合うこと。
15歳になった今、私はまだ迷うし、答えもうまくだせない。それでも自分の意見は持ち続けたい。それが和光中学校で過ごした3年間がくれた宝物だと思う。
和光ライフは最高なのだ。
だから私は胸を張って言う。
本当に和光中学校で良かった。